高田義裕の人生論

今日の格言

二元論による神の存在の証明

万物はありとあらゆる種類に区分される。植物類、魚類、畜類、鳥類、爬虫類、昆虫類など様々である。しかしここでたった2つによって万物を区分しよう。すなわち二元論によってである。順番として、より小さな範囲から大きな範囲、もしくはより具体的なレベルからより抽象的なレベルで表してみるのである。例えば、我々は仕事をしているので、我々は雇う側か、雇われる側かに区分する事が出来る。また我々は政治と律法の基に生きているから、支配する側か、支配される側かに区分する事が出来る。このようにどんどん二元論の要素を部分的なものから全体的なものへと拡張していくのである。そしてそれが極度の抽象性にまで振るいにかけていくと最後には我々は生かしている側か、生かされている側かに区分出来る。我々はもちろん生かされている側なので、生かしている側は誰かという事になる。それは神しかいない。すなわち究極の二元論は神か、神以外かという事に区分される。よって神は存在する。そして最も主観的な二元論として人間としての内面的意識、すなわち、私か、私以外かという区分に分かれる。我々人間は、この私か、私以外か、という二元論によって周りのものすべてを観察し区別して生きているのである。

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