高田義裕の人生論

今日の格言

この世の中の本質が如何に機能的に言ってゼロであり、死んでいるものであるかという事は、如何にして言えるかというと、これは常にあらゆる場合に対して当てはまる事であるが、[常にある必要性が要求された時には、常にその必要とされるものは、その必要とされる所には決して無い]という事である。これは自然災害の時も、社会問題にしても、必要とされる救済策がそれが生じた時には全く手付かずのまま用意されていないという事を意味する。人間の人間に対する支配は常に後手であって、本来なら、自然災害や社会問題が起こる兆候を事前に察知し、問題が表面化する前に手を打たなければならないのである。これが本当のノーマルな政治であって、実際には問題が表面化し、多くの痛ましい犠牲者が出てからようやく腰を上げるのが実情ではないだろうか。この様に人間の支配する社会は問題が起こった後の原因の理由付けはいくらでも出来ても、問題が起こる前の予見は決して出来ないのである。すなわち今あるいろんな対策案はすべて多くの犠牲者の上に成り立っているのであって、この時点で人間が人間を支配する能力を持っていないという事を証しするものである。

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