高田義裕の人生論

今日の格言

死とは何か。それは新たな世界を開く扉である。小麦から教訓を得なさい。小さな小麦の種が落ちて死ななければ、次の新しい小麦は生まれてこない。すなわち小麦の死という犠牲によって新たな小麦が生まれてくるのである。生き物の命さえそうである。私達の体は細胞で出来ているが、今の細胞が自分の命を犠牲にして死ぬ事によって、新たな細胞が生まれ、それにより体全体が新陳代謝され、全体としての命が維持されるのである。では人はなぜ死ぬか。聖書ははっきり述べている。すなわち罪の報いが死であると。よって人は自分の罪の贖いのために自分の命を犠牲にし、死ぬ事によって自分の罪から解き放たれるのである。よって死人は生前の自分の犯した罪から放免されているのである。よって私達はまず死んで、自分に対して新たな命の種を落とすのである。そうして私達は神の支配するパラダイスで全く新たな命の体を享受するのである。すなわち永遠の命である。

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