高田義裕の人生論

今日の格言

完璧な賢さには知性がない。例えば、人工知能(AI)は完璧である故にそれは知性ではない。たとえチェスで人工知能が人間に勝ったとしても、それは人工知能の方が頭が良かったからでは無い。人工知能はただ単にあらゆる諸事象のパターンをすべて網羅し、解析して、確率的に当たる頻度の高い事柄を数値化している作業に過ぎないのだ。要するに最低値と最高値を見つけるだけの2進法を膨大な中から選ぶ作業が人より速いだけなのである。では知性とは何か。それは不完全さである。私達は不完全さという愚かさをいつも楽しんでいるのではないだろうか。それはスポーツである。スポーツは完全では無いところに面白みがある。相手のミスを巧みに利用し、その隙を攻撃してゴールしたり、ポイントを取るのがスポーツの醍醐味であり、我々は相手の油断した隙を巧みに突くところに知性を感じ、そうする能力が高い事が賢い選手と言われるのである。すなわち、不完全さ故に思わぬ想定外の展開が生じ得て、それに機敏に対処できる事が知性であり、賢さなのである。人工知能は物事の予測は出来ても、予測出来ない思わぬ想定外の事態に機敏に対処出来ない。それが出来るのは、不完全で愚かさを持った我々人間なのである。すなわち愚かさとは物と物との間のクッションの役割を果たす一種のアブソーバー(遊び)なのである。自動車のハンドルもわざと遊びを持たせて運転しやすいように作られているし、人間関係も愛という愚かさによって、人間と人間の間を取り持つ潤滑油となって、初めて人間関係は上手くいくのである。すなわち賢さとは愚かさの事であり、あえて無駄を楽しむ遊び心の事なのである。

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