高田義裕の人生論

今日の格言

もし、私達が今日中に終わらせなければならない仕事を完璧にこなせる力があるとするなら、スケジュール表やメモ帳はいらない。なぜなら、私達が今日中に終わらせなければならない仕事を完璧にこなせる自信がないから、わざわざメモに書いて、どうすれば今日中に仕事を終わらせられるか、計画を立てるのである。私のように文章を書く者もそうだ。私達がなんでもすべて完璧に記憶する能力があるなら、まず文章に書いて残す必要もない。自分が思った事を忘れるから、文章にするのだ。すなわち、我々にはすべてを記憶する能力が無いから、文字という媒体が必要となるのである。よって、なんでも完全にこなせるし、すべて記憶する事が出来る人間には、スケジュール表という計画も、文章という文字も無駄なものであり、愚かなものなのである。よって素晴らしい計画や、素晴らしい文章というものがあっても、それは、愚かさを高めている様なものであって、愚かさを誇っても無意味なのである。同様に賢い者には賢い事は必要では無く、愚かな者に知恵が必要なだけである。よって知恵を誇ってもそれは無意味なのである。また、正しい者には正しい事は必要では無く、悪い者に正しい事が必要なのである。よって正しさを誇っても無意味なのである。これは例えれば、車を既に持っている人には、もはや車は必要では無く、車を持っていない人に車は必要である事と同様である。よって人は知恵や正しさを誇る傾向にあるが、それは自分達が愚かな者である事を高めているに過ぎないのである。すなわち、賢さも正しさもすべて相対的価値観に過ぎないのであり、それを絶対的なものとして賞賛し、崇める様な事であってはならないのである。すなわち、ただ、絶対的存在で、賞賛し、崇めるべきなのは、唯一まことの神、エホバだけなのである。

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