高田義裕の人生論

今日の格言

神学序説

罪(sin)の意味するもの。

母国語しか話せない者は、自分の母国語の特徴が分からない。すなわち、他の言語を習得して、初めて、自分の母国語を客観的に見る事が出来る。同様に、自分の国から出た事が無い者は、自国の本当の良さや悪さなどの特徴が分からない。他の国に住んでみて、初めて自国の本当の良さや悪さが分かる。すなわち、何事も比べてみなければ、本当の良さや悪さが分からないのである。これと同じく、最初の人間、アダムとエバも神の支配する平和で楽しく、素晴らしい世界に住んでいたが、その神の支配する平和で楽しく、素晴らしい事を十分に理解していなかった。なぜなら自分達が生まれた時からそれは整えられていたので、それが当たり前だったからである。すなわち、神の支配する世界しか知らない、そう、それ以上素晴らしいものは無かったので、比べて比較するものがなかったのである。よって悪魔サタンが、神の支配する世界より、彼ら人間が支配する世界の方がより平和で楽しく、素晴らしいと言って、彼らを誘惑したのである。そこで最初の人間アダムとエバは、神の支配を捨てて、自分達の支配する世界を選んだのである。これにより初めて、神の支配する世界と自分達が支配する世界を比べる事が出来た。よって、人間は罪(sin)を犯して初めて、いかに神の支配する世界が素晴らしいものであったかようやく認識出来たのである。

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