高田義裕の人生論

今日の格言

神学序説

神に従うか、従わないか。

神に従わないとは、率直に言うと、一時の快楽に身を委ねるという事である。また、神に従うとは、率直に言うと、一時の快楽に身を委ねないという事である。我々の人生は短い。であるから、どうしても、長期的利益を考えず、短期的利益を優先しやすい。すなわち、今すぐ貰える100万円を取るか、10年後に貰える1000億円を取るかのどちらかに迫られるのである。当然我々は明日どうなるかわからない身だから、今すぐ貰える100万円を選んでしまう。なぜなら、10年間無事に過ごせるかわからないからである。よって神に従っていく人は非常に稀であるという事が分かる。まさに聖書にこう書かれている。新約聖書、マタイによる福音書7章13と14節、イエスキリストがユダヤの民衆に語られた言葉。[狭い門を通って入りなさい。滅びに至る道は広くて大きく、それを通って入って行く人は多いからです。一方、命に至る門は狭く、その道は狭められており、それを見いだす人は少ないのです。]この命に至る道とは、永遠の命の事である。永遠の命とは聖霊による心の奥底から湧き上がる素晴らしい心地良さの事である。本来、生きるとは、恍惚とした、ものすごい歓びなのである。我々は今、それを経験する事は非常に難しい。それを得るには相当の信仰が必要だ。私はそれを夢によって、体験する事が出来た。これはもう、言葉では言い表せないほど、非常に満ち足りた気持ちになれる。はっきり言って、聖霊による歓びに勝る歓びはないと言っていい。それに比べたら、この世の中が提供するどんな歓びもそれに勝らないほどである。ドラッグをやってのセックスのオーガズムや、億万長者や有名人になった時の優越感や、社会に役に立つ発見や発明をして、ノーベル賞をもらう歓びもどれにもそれに匹敵しないのである。ぜひ、一時の虚しい快楽にではなく、本当に満ち足りた気持ちになれる安定した幸福感を味わって欲しい。

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