高田義裕の人生論

今日の格言

新型コロナウイルスによって、仕事を失う人が増えている。人々の意見の中には、仕事を失ったのは自己責任の問題だ、という人々がいる。すなわち、その人が仕事を失ったのは日頃の生活が怠惰であり、浪費の生活であり、地道に貯蓄していれば、避けることができたというものである。確かにそういう一面もあると思う。しかし、たとえその人の生活態度の不備により仕事を失い、困窮したとしても、また、その人が救われるに値しなくても、やはり我々はその人達に援助の手を差し伸べるべきである。なぜなら、聖書に拠れば、最初の人間アダムとエバが神に反逆し、罪を犯したため、我々人間は生まれつき罪の内に生まれ、神から見て救われるに値しない者となった。しかし、神はそれでも、ご自分の独り子イエスキリストを使わし、救われるに値しない、怠惰で粗暴で暴飲暴食する我々愚かな罪人である私達のために罪の購いの犠牲として、イエスキリストの罪のない命を差し出されたのである。それによって、本来救われるに値しない私達人類に救いの道が開かれたのである。それで、私達も私達の罪を許し、救助してくださった神の行動に感謝し、それに倣い、私達人間も互いの罪を許し合い、助け合うべきなのである。よって、たとえ自分自身の不手際によって、困窮に陥った人に対してでも、我々は他の人に最低限、生活するために必要な援助を差し出すべきなのである。これによって、天の父エホバに見倣い、私達を神の子供として神に是認していただくためである。

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