今日の箴言
悪行者の行う、取り返しがつかない程の深刻な悪事は、必ずと言っていいほど、取るに足りないほど、幼稚で身勝手な動機によって引き起こされること。逆に、義者の行う善行は、必ずと言っていいほど、他者からは、信じられないほど深刻に覚悟を決めて行う真剣な気持ちと言う動機によって成されていること。要するに、本当の義者は、人に何か親切な事をして、自分で親切にしてあげた、と自己満足して、悦に浸るという事がどういう事かを知らないのである。すなわち、自分は良い事を行ったのに、自分は報われないなどと言う不足を味わう感情を持ち合わせていないからである。しかし、凡人は、これだけしてやったのに、何も報われないと感じて、親切を行うのは割りに合わないと考え、親切を止めてしまうのである。ここに、義者と普通の人との格差が生じるという事である。
2.奪うという定義は、相手に、ちょっとの事をしてあげて、その代わりにその倍以上の事を要求する態度の事を言うこと。
3.何かに病的だと言えるほどに優れて秀でている者は、その代わりに、何か別の事に異常なまでに病的なこと。よって、天才と呼ばれる人は、心理学的に言えば、精神状態がバランスの取れていない、偏りのある人格障害を抱えており、実際には本当に賢くて、優れている訳では決して無いという事なのである。よって、何の取り柄も無い、凡人と呼ばれる人は、心理学的に言えば、精神状態がバランスが取れており、何の偏りも無い健常者であると言う事になる。