高田義裕の人生論

今日の格言

神学序説

正しい事をすべて知っているだけでは何の意味も成さず、正しい事のある部分だけを重んじていてもそれは何の意味も成さず、正しい事をただ羅列して並べてみても何の意味も成さないのである。ただ全体として、あらゆる正しさの諸要素がどう正しく組み合わされ(配列され)、バランスがとれていて、その結果、全体として正しいかどうかで初めてそれは有用なものとなるのである。よって我々人間の知恵とはあくまでも部分的なものに過ぎず、物事の全体を見通す事が出来ないのである。物事の全体を見通してこそ、初めて物事の本質が理解可能なのであり、その意味では私達人間には能力の限界がある事を謙虚に認めなければならない。それでは物事の本質である全体を見通す事の出来る者は誰か。それは神である。なぜならこの世界のすべてを造ったのは神御自身であるから。要するに神の造ったものを人間は完全には理解する事が出来ない。よって人間自身も神によって造られたものだから、人間自身すら人間の本質を知り尽くす事は永久に不可能なのである。よって人間には常にどんなに道を探求しても、到達出来ない未知の領域が残る。人間はそこに大いなる残余と神に対する畏怖の念を感じ取らなければならない。しかし神御自身にさえも神御自身のための、まだ未到達の目的を持たれてあるのである。

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