高田義裕の人生論

今日の箴言

神の裁き(ハルマゲドン)の近い今日、神に対する私達の犠牲は、物質的な宝ではなく、あくまでも、私達の心の犠牲にこそあること。このような意味で、私達の硬くこびり付いて、石膏のような、頑なな心を砕き、打ち、こね、裂いて、神に対して従順さを示さなければならないのである。

2.何も特別な教育方法など無いし、また、必要無いこと。ただ、親自身が立派な行いを自分自身の為に、自分の栄光の為ではなく、周りを全く気にせずに行えば、子もまた、立派な行いを自分自身の栄光の為ではなく、周りを全く気にせずに行うようになるのである。しかし、親が不実な行いをしていれば、子もまた、不実な行いをするようになるということである。

3.すべてに対して、行動する為の判断の要であり、要点とは、何事もまず、自分が他の人に対して、して欲しいと思う程度の事柄を、自分の方から先に他の人にしてあげるようにすること、何事も、他の人の立場と気持ちに立って考える想像力を培うこと、すなわち、隣人を自分自身のように考え、そして愛すること、これらこそが、あらゆるすべての基であり、すべての初めであるという事である。

4.神に全く従うということは、たとえ、どんな状況に陥られようと、神を自分の尺度で測らないということを意味しているのである。

5.たとえ、他の人々のことをどんなに良く見え、かつ、羨ましく思っても、自分はあくまでも、自分でしか無く、よって、自分は自分なりの、自分だけの工夫によって、生きていき、やって行くしかないのである。

2 Replies to “高田義裕の人生論”

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