高田義裕の人生論

今日の箴言

神学序説

はっきりと言っておく。御子イエスキリストに関する事柄をあくまでも聖書から調べようとせず、そこから独立して自分独自の解釈を提唱して、自分自身の身の潔白を維持しようとしている者達は、無知であるがゆえに不義を行っている者達よりも災いであると言える。なぜならその者達は正しい神の崇拝の仕方を知っているにもかかわらず、あえてそれに対抗して自分独自の義を追い求めているからである。人間にとっての義とは、あくまでも、神に対する従順にかかっており、神から独立した人間の義など存在し得ないからである。最初の人間アダムとエバも自分達にとっての正しさとは、自分達の創造主であるエホバ神に対して従順であるべき事を十分認識していたにもかかわらず、あえて、意図的にそれに対抗して、自分達独自の正しさを追い求めて自分が神の様になる事を望んだからである。それこそが、聖書の言う罪であり、罪の報いは死なのである。であるから、私達人間は皆いずれは死ぬのであり、御子イエスキリストと神に対する正確な知識、すなわち、聖書から聖書を紐解く真の正しい知識を取り入れる事が私達にとっての永遠の命を意味しているのである。

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