高田義裕の人生論

今日の格言

正しさの定義

正しさとは何か?それは単に善行を行うことではない。精密に言うならば、それは悪を行うことを習わしにする者が、善行を行えるようになることであり、善行を習わしにする者が悪行を行えるようになることである。もっと、具体的に言えば、精神的に弱い人が精神的に強くなるよう努力することであり、また、逆に、精神的に強い人が精神的に弱くなるよう努力することである。また、思いやりのない人が親切な人間になれるよう努力することであり、また、逆に、親切な人が不親切で思いやりのない人になれるよう努力することである。また、暴力的な人が、温和な人間になれるよう努力することであり、また逆に、温和な人が暴力的な人になれるよう努力することである。よって、これらすべてに共通する概念とは、その人にとって不足しているところを補うことにある。言い換えれば、自分の常識、世界観を覆すことにある。すなわち、自分という狭い世界からの脱却である。しかし、なぜ、我々人間にとって、正しさとは常に一様に単に善行を行うことを意味するのかというと、我々人間はすべて、神に対して罪を犯し、生まれながらにして罪人であるが故に、粗暴であり、不親切であり、悪行者であるからである。よって、我々にとって、温和で親切で善行を行うことは、現在においては正しい、ということに過ぎない。すなわち、正しさとは、あくまでも絶対的な価値観のことではなく、いつまでも、相対的なものであり、これを普遍的で抽象的に表現すれば、正しさとは、今ある状態の反対のことを行うということであり、また、自分に欠けている、すなわち、自分に無いものを取り入れようと苦心することであり、もしくは、自分にとって苦手なことにあえて挑戦し続けることにあるのである。よって、正しいことを行うことには、常に苦痛が伴う。例えば、暴力的な傾向にある社会には、平和であろうとすることが健全な社会なのであり、逆に、すべての人に健全さを要求する社会は、甚だ不健全で、不健康な社会なのである。

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