高田義裕の人生論

今日の箴言

人は正しく生きるべきだ、と言われる。ある親は、自分の子供の人生を決して失敗しないように、まるでレールを引いてその上をなぞって行くようなステレオタイプの決まりきった、そして、安定した道を踏み行かせようとする。なぜなら、親自身が若い頃、好き勝手な事をして、散々痛い思いをして失敗して来たからである。それで、せめて自分の子供にはそのような無駄で苦しい思いをさせたく無いという一心でそうするのである。しかし、そのような子供の育て方は果たして子供にとって幸福かと言うと決してそうでは無い。ここで考えて見よう。親自身はなぜ自分のした事が無駄で失敗したという事に気付いたのであろうか。それは、自分が好き勝手に無茶苦茶な事をした結果、初めて気付いたのである。人類の歴史もそうでは無いか。人間は過去からずっと争い合い、殺し合い、血で血を塗る残酷な歴史を持っている。その人類の好き勝手で、無茶苦茶な経験があるからこそ、今の現代では、昔のして来た事の反省があり、戦争はしてはいけないものであるという正しさを認識出来たのである。すなわち失敗しない人生などあり得ないのである。よって、失敗しない正しい人生を歩ませようとする事は全く正しく無い、間違った教育なのである。親は自分の努力して築き上げた人生の知恵なり経験を子供の心に移植する事など出来ない。人は親からお金を相続する事は出来ても、心の財産は相続出来ないのである。1人の人間が誕生したのであれば、それはまた一文無しからのゼロからのスタートなのである。たとえどれだけ、良い事を教え込んでも、子供の心には入って行かないのである。よって、人は誰か別の人が決めたルールに従って生きるのはその人にとって少しも益にならないのである。。たとえ、親の言う通りに生きたとしても、何やら生きているのか、死んでいるのかわからない、煮え切らない思いで、悶々とした気持ちでその子は終生を過ごすであろう。それよりも人はたとえ失敗してでも、自分のしたい事、もしくは、自分自身で決定した事を行うべきなのである。たとえそれで痛い目に遭っても、最後には、それは自分自身が決めた事だからしょうがないと割り切る事が出来るし、納得出来るのである。これこそ大事な事なのであり、失敗しようが成功しようが、そんな事は大事な事では無く、ただ我が人生に一片の悔いなし、と言える事が人間の人生で最も大切な事なのである。

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