高田義裕の人生論

今日の格言

この世の中で最も危険な思想、危険な社会とは何か。それは殺人を正当化する事でも無ければ、紛争に絶えない社会情勢でも無い。それは無寛容な思想、もしくは無寛容な社会の事である。すなわちちょっとしたミスを犯してもそれを許さない社会、例えば、個人的な理由で学校に行けなくなった人達や家庭内が荒れている故に非行に走った人達に対する社会全体の冷ややかな目線である。この完璧を求める社会は少しも人生における回り道や失敗を大目に見ないのであり、人生を一回でもドロップアウトしてしまうとやり直しの出来ない冷たい社会である。たとえ犯罪を犯しても、何年か経てばその罪を許してくれる社会、すなわち寛容で愛のある社会とは全く別のものである。特にこの傾向が顕著なのは、日本である。日本では、少しでも前科者の烙印を押されてしまえは、一生そこでその人の人生は終わってしまい、社会的に抹殺されてしまう。何かトラブルがあると、すぐに警察を呼んで、なんでもちょっとした事で逮捕してしまうのである。そう、日本はやり直しのきかない恐ろしい警察国家と化してしまっているのである。この様な失敗してもやり直しを許してくれない社会こそが、一番犯罪を生む要因となるのである。なぜなら、犯罪を犯した本人がいくら反省して社会に復帰したくてもそれを受け入れる社会体制が整備されていないため、本人はますます精神的に追い込まれ、最後には精神を病み、やけっぱちになって無差別通り魔殺人などの悲惨な事件が引き起こされてしまうからである。要するに犯罪の要因は本人にあるというよりは、この社会全体に蔓延している冷たい空気にあるのである。要するに、自分さえ良ければそれで良いという社会的構造の悪いツケが同じ社会に悪い報いを自ら刈り取っているのである。

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