今日の箴言
人間は物事を考えることにおいては自由である。例えば、鳥は、人間になりたいなどとは思わないが、人間は自分が鳥になってみたいと考えることは出来るのである。しかし、この考える自由というものにも1つの弊害がある。それは考える事だけは自由だから、自分の身分相応の遥か上の事柄まで連想し、想像出来るため、そのギャップに失望する事にもなるからである。例えば、自分は単なるビジネスパーソンの1人で、ひと月に15万円しか稼ぐ能力しか持っていないのに、理想だけは、自分は100億円欲しいし、高級車10台とヨットクルーザー2台と豪邸100軒欲しいと思ってしまえるのである。すなわち、10の能力しかないのに、100の能力を望む事も出来るのである。よって、10の能力しか無いのであれば、同時に10の能力の範囲内の事柄しか想像出来ないのであれば、10-10=0で過不足無く問題は無いが、10の者が100望んでしまえば、100-10=90で、90というギャップが生じてしまい、そのギャップを意識する事で不満が生じてしまうのである。言い換えれば、自分は15万円しか貰えないレベルだから、1000万円もする家はいらないから別に平気だ。とは思え無いのである。人は借金を抱えてまで、1000万円もする家を購入したいと考える者であり、自分は能力が無いから、何もいらないとは思え無いのである。すなわち、それを得る能力が無いのに、それでも、それを欲しいと思ってしまうのが人間という生き物なのである。幸福とはもう何もいらないという充足感から初めて得られるものであるから、人間は、常に理想を追い求め続けている限り、人間は永久に不幸な生き物なのである。