今日の箴言
誰かが楽をすれば、誰かがそのツケを払わされる事になる。これはどういうことかというと、この世界では人間の数は有限であり、無限に人がいるわけではない。ならば、仕事をしている人の人口は更に限られる。例えば、ここで100人の人がいるとしよう。そして、仕事の量も100件あり、それの賃金の総額も100万円あるとする。まず、誰かが仕事を受注し、10人の人間が90万円を仕事もせずにピンハネするとする。すると、1人につき、90000円を受け取ることになる。後は10万円しかない。これを残りの90人が享受することになる。仕事の量は変わらず100件ある。ここで、40人がまたピンハネをし、90000円を受け取った。90000円を40で割ると2250円である。すると後、1万円しかない。しかし、仕事の件数は100件のままである。すると、残りの50人が100件の仕事を10000円でこなさなければならなくなる。仕事100件を50人で割って、1人が2件分の仕事をしなければならなくなり、その賃金は、10000円を50で割って、200円になってしまう。そう、上の富裕層は何の仕事もしないで、1人90000円も稼いだ。そして、そのミドル層も何もしないで、1人2250円を稼いだ。それに対し、一番末端の貧困層は、1人で2倍の仕事をこなして、1件の仕事の賃金を僅か100円で請け負うことになるのである。これの拡大版が、この世界のメカニズムであり、システムなのである。これで、いかに世の中が不平等で、不公正であるかが良く理解できるだろう。すなわち、まともに働いているのは、私達庶民であり、それも物凄い低賃金でこき使われているのである。これでは食べていけないし、過労で病気になって死んでしまう。要するに、上層部の支配層が楽をしている分を、私達庶民が苦しんで支えているのである。これこそ、金という不義なる存在の正体である。要するに、金の価値は、貧困層の過重労働によって支えられているのである。